Lesson 4-2 大脳皮質と脳幹

視床下部だけじゃ手に負えない

視床下部は、恒常性の制御や本能行動をつかさどる部位として、覚醒と睡眠のコントロールに関わっていることを、前回確認しました。しかし、覚醒と睡眠を切り替えるシステムは、視床下部だけの手に負えるほど単純なものではありません。視床下部が出した信号を、脳全体、身体全体に行き渡らせることが必要なのです。それには、脳幹の働きが重要になってきます。脳幹については、Lesson 3-1で簡単に触れましたので、今回はそのおさらいから始めましょう。

脳幹の死は個体の死

脳幹は、脳のいちばん内側、大脳の基部にあり、視床下部のすぐ隣に位置しています。

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正確には、延髄、橋、中脳、間脳といった器官の集合体を脳幹と呼びます。ちなみに、視床下部を含む間脳を除いて脳幹という場合もあり、その場合は語義を明確にするために、下位脳幹という言葉を使います。

脳幹には多くの神経核(神経系の分岐点や中継点などの重要な箇所)があり、呼吸や循環をつかさどる生命維持機能も集中しています。脳幹が損傷を受けるなどして不可逆的に機能を失ってしまうことが、俗にいう「脳死」であり、つまり脳幹は生死に直結した器官だということが出来ます。

上行性脳幹網様体賦活系説?

この脳幹と、脳幹網様体と呼ばれる部位の関係が、覚醒と睡眠を切り替えるメカニズムを知る上でとても重要です。脳幹網様体は、脳幹に網の目のように走っている神経繊維で、中にはニューロンが散在しています。

脳幹網様体と覚醒・睡眠との関係に関する考察は、1949年、ノースウェスタン大学の神経解剖学者、H.W.マグーンとG.モルッチによって行なわれた実験から始まります。彼らは、眠っているネコの脳幹網様体を電気で刺激すると覚醒すること、脳幹網様体を破壊されたネコは覚醒することができなくなってしまうことを発見しました。

これらのことから彼らは、上行性脳幹網様体賦活系説(じょうこうせいのうかんもうようたいふかつけいせつ)を唱えました。脳幹には覚醒を作り出す中枢があり、そこからより上位の中枢へと信号を送り出して大脳を賦活することで、覚醒状態が作り出されるという説です。下位の中枢から上位の中枢へ信号が送られることから、「上行性」という言葉が使われています。

マグーンとモルッチの説が提唱されてから、多くの学者が、追試験や検証を行い、脳幹に覚醒をつかさどる中枢があることが事実として認められるようになりました。

レム睡眠と覚醒の距離

さらに、フランスの生理学者M.ジュベらが、覚醒だけではなくレム睡眠を作り出す中枢も脳幹にあることを発見します。やはりネコを用いてジュベらが行なった実験では、脳幹にある橋から、脊髄に向かって(下行性)筋肉を弛緩させる信号が、大脳に向かって(上行性)視覚情報を伝える信号が送られている様子が捉えられました。

レム睡眠時も覚醒時と同じように、脳幹にある中枢から大脳に向かって大脳皮質が賦活されていることが分かったのです。

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上のグラフは、睡眠ポリグラフ検査で測定した、覚醒時とレム睡眠時の脳波です。(Lesson 2-4も参照してみて下さい。)このように、覚醒時とレム睡眠時に観察される脳波がよく似ているのも、脳内で起こっている現象自体がそもそも似ていることに由来しています。

簡単にまとめると、覚醒もレム睡眠も、脳幹から上行性に行なわれる大脳皮質の賦活によって起こるという点では、まったく同じです。逆に、ノンレム睡眠では、脳幹から上位の中枢へと信号が辿ることは出来なくなっています。脳幹周辺で起こる活動を見る限りでは、レム睡眠は同じ睡眠であるノンレム睡眠よりも、覚醒状態のほうに近いと言うことも出来ます。

さらに詳しくわかってきたこと

マグーンとモルッチが上行性脳幹網様体賦活系説を提唱してから、すでに65年以上が経過しています。そのあいだに、彼らの説を裏付けるようなさらに詳しい研究が行なわれ、また彼らの説にある誤りも明らかになってきました。次回から、マグーンとモルッチ以後の研究で明らかにされてきた覚醒と睡眠のメカニズムを見ていきたいと思います。

Lesson 4-2 まとめ

  • 脳幹…延髄、橋、中脳、間脳から成る。多くの神経核や、呼吸や循環をつかさどる生命維持機能が集中している。
  • 脳幹網様体…脳幹に網の目のように走っている神経繊維で、中にはニューロンが散在している。
  • 上行性脳幹網様体賦活系説…脳幹には覚醒をつかさどる中枢があり、そこからより上位の中枢へと信号を送り出して大脳を賦活することで、覚醒状態が作り出されるという説。マグーンとモルッチが提唱。
  • レム睡眠を作り出す中枢は、脳幹のなかの橋にある。
  • 覚醒もレム睡眠も、脳幹から上行性に行なわれる大脳皮質の賦活によって起こるという点では変わらない。