覚醒から睡眠へ
Lesson 3では、睡眠時の脳の活動について、最新技術によって明らかになった情報などを交えながら見てきました。それでは、起きている状態から眠りに就くまでの過程、つまり覚醒が睡眠に切り替わる過程で、脳のなかではどのようなことが起こっているのでしょうか。
覚醒と睡眠を切り替えるメカニズムはとても複雑です。図も交えながら少しずつ順を追って見ていきましょう。今回はまず、視床下部という部位についてです。
視床下部の位置
ノンレム睡眠時に活発に活動し、いわば睡眠を作り出している睡眠中枢が、視床下部という脳の部位にあることは、Lesson 3-2でお話ししました。しかし、視床下部はノンレム睡眠時に働くだけではありません。ヒトに限らず、すべての生物が生きていくうえで、非常に大きな役割を果たしている部位なのです。
視床下部について、まずはその位置を、下の図で確認してみて下さい。
視床下部は、視床の前方、やや下あたりに位置しています。脳全体から見ると、ほぼ中心ともいえる位置です。
恒常性を制御する
視床下部の働きをひとことで表すと、身体機能の恒常性(ホメオスタシス)の制御です。恒常性とは、身体の機能を一定の状態に保つということです。わかりやすい例として、恒温動物の体温について考えてみましょう。ヒトを含む恒温動物の体温は、気温0度未満の真冬日でも、気温30度以上の真夏日でも、ほとんど変わりません。
上記のように、体温がほぼ一定に保たれているのは、自律神経系(交感神経、副交感神経)の機能のおかげですが、その自律神経系の機能調節をしているのが、視床下部です。自律神経系の他にも、分泌されるホルモンの濃度などを調節することによって、血圧、心拍数、呼吸数、血中の物質濃度などを、適切な状態に保っています。もちろん、これらの数値が常に一定というわけではありません。運動をすれば心拍数は増えますし、体温も上がります。そのときの状況に応じて、身体機能が最適な状態になるよう上手に制御するのが、視床下部の役割なのです。
(余談ですが、外界の気温によって体温が変わるからといって、変温動物に恒常性がないということではありません。体温は恒常性の一例に過ぎずませんし、変温動物は「一定の範囲内で体温が変動するという恒常性を維持している」と言うことも出来ます。)
覚醒と睡眠のコントロール
このように、恒常性の制御が視床下部のおもな役割として挙げられますが、それだけではありません。視床下部は、摂食行動や性行動などの本能行動や、怒りや喜び、不安などの情動にも深く関わっています。
当然、本能行動である覚醒と睡眠の制御においても、視床下部は重要な働きをしています。また、Lesson 1-1でご紹介した、レヒトシャッフェンによるラットの断眠実験を思い出していただければ分かるように、長時間の断眠は、視床下部の機能を破壊してしまいます。つまり、睡眠をコントロールしている視床下部自身にとっても、睡眠は必要不可欠なものなのです。
視床下部と扁桃体
また、情動に関わることで思い出して頂きたいのが、前回学んだ大脳辺縁系の扁桃体です。扁桃体も情動に深く関わる部位でしたが、情動を形成するメカニズムを見ると、扁桃体から送られた信号を受け取った視床下部が、交感神経を活発化させることによって情動を形成する、という仕組みになっています。
Lesson 4-1 まとめ
- 視床下部…自律神経系を調節して、身体機能の恒常性を制御する。また、本能行動や情動にも深く関わる。
- 長時間の断眠は視床下部の機能を破壊する → 視床下部にとっても睡眠は必要不可欠なもの。
- 扁桃体から送られた信号を受け取った視床下部が、交感神経を活発化させることによって情動を形成する。