どうして夢は奇妙なのか
言うまでもありませんが、ヒトが見る夢の内容はとても奇妙なものです。特にレム睡眠時に見る夢は、ノンレム睡眠時に稀に見る夢と比較しても、現実的にはあり得ないことが起こったり、時間的な前後関係がメチャクチャだったりすることが多いようです。
しかし、夢を見ている最中に「こんなことはあり得ないから、これは夢だ」と自覚できることは少ないでしょう。また、レム睡眠時の夢には必ずと言っていいほど、「怖い」「悲しい」「楽しい」といった感情が伴うと言われています。なぜこのようなことが起こるのか、脳の働きを見ることで、理由の一端を窺うことは出来ます。まずは大脳辺縁系の働きから見ていきましょう。
好き、嫌い、怖い、楽しい
大脳辺縁系については、前回の最後に簡単に触れましたが、ここでもう少し詳しくその役割を見てみたいと思います。
まずは海馬ですが、海馬は記憶や学習をつかさどる部位です。睡眠中の記憶の強化や学習に大きく関係していると言われていますが、それについてはまた後程詳しく見ていくので、今回は海馬は記憶や学習に関係があるということだけを押さえておいて下さい。
レム睡眠中の夢と大きく関係があるのは、扁桃体です。扁桃体は感情をつかさどる部位で、わかりやすく言うと、感覚系から入力された信号に対して、「好きか嫌いか」の判断をしています。この判断は、ヒトとしての本能や、個人の記憶と照らし合わせて行なわれます。もともと扁桃体は、生き物として生き延びるために重要な機能を果たしていたと考えられています。自分がいる場所が安全なのか危険なのか、目の前にいる相手から逃げたほうがいいのかそうではないのか、瞬時に適切な判断を下せなければ、生物は生き延びることが出来ません。このように大切な判断を下していた扁桃体ですが、生き物として危機的な状況に置かれることが少なくなった現代のヒトにおいては、好き嫌いを決定したり、感情を表出する器官として活動しているのです。
レム睡眠中は、このような機能を持つ扁桃体が活発に活動しているため、見る夢も強い感情の表出を伴うものになります。夢と言えば、不気味なものや怖いものを連想する方も多いでしょう。夢のおよそ80%は、恐怖や哀しみ、不快感などのマイナスの感情が伴う、という調査結果もあるほどです。
不思議を不思議と思わない不思議
たとえどんなに恐ろしいことが目の前で繰り広げられていても、それが夢だとわかっていれば、どうということはありません。恐ろしいと感じることもないでしょう。しかし実際には、夢を見ている最中に夢を見ていることに気づける人はほとんどいませんし、経験したことのある方も少ないでしょう。生まれてから死ぬまで、ヒトは毎晩のように夢を見ているのに、夢を見ることに慣れることはありません。考えれば考えるほど不思議ですが、これも脳の活動を観察することで理由を知ることは出来ます。
わたしたちが夢を見ているとき、おかしいことをおかしいと感じることが出来ないのは、前頭葉にある前頭前野背外側部(ぜんとうぜんやはいがいそくぶ)という部位が、レム睡眠時に活動を低下しているからだと考えられています。
前頭前野の作業記憶
脳には、絶え間なく膨大な量の情報が感覚系を通して入力されてきます。それらの情報のなかには、蓄積された過去の記憶では処理することができない未知の情報も、当然含まれています。そんな未知の情報が送られてきたとき、「これはなんだろう?」と疑問を持って、解決を図るのが、前頭葉の前頭前野です。
前頭前野には、作業記憶(ワーキングメモリー)と呼ばれる機能があります。記憶に関係する脳の部位としては大脳辺縁系の海馬を挙げましたが、記憶を蓄え整理する海馬とは性質が異なり、前頭前野では一瞬で消えていく記憶を扱います。記憶というより、作業に必要な情報といったほうがイメージしやすいかもしれません。たとえば、何かを考えるときに必要な言葉や数字などです。これらの情報は、考えが変化していくに従ってすぐに忘れられていきます。作業記憶の容量は限られているからです。海馬がハードディスクのような記録媒体だとするなら、前頭前野はRAMのような働きをしていると言えるでしょう。
作業記憶は論理的な思考をする際、とても大切です。そのため、レム睡眠中に前頭前野が活動を低下させてしまうと、現実にはあり得ないような事態を夢で体験していても、それを「おかしい」と認識し、考えることが出来なくなってしまうのです。
なぜ、ヒトは夢を夢だと認識することが出来ないのか、お分かり頂けたのではないでしょうか。だからといって、今晩から夢を夢だと見抜けるようにはならないのが、やはり睡眠の不思議なところです。
Lesson 3-3 まとめ
- 扁桃体…好き嫌いを決定したり、感情を表出する部位。
- レム睡眠中は扁桃体が活発に活動しているため、見る夢も強い感情の表出を伴うものになる。
- 前頭前野背外側部…情報処理をつかさどる。作業記憶(ワーキングメモリー)と呼ばれる機能があり、論理的思考をする際に重要な役割を果たしている。
- レム睡眠中は前頭前野の活動が低下しているので、現実にはあり得ないような夢を見ていても、おかしいと認識することが出来ない。