Lesson 1-1 水の上のラット

「睡眠」の定義って?

そもそも、「睡眠」とはいったいなんでしょうか。とても根本的な問いかけですが、きちんとした睡眠の定義を決めることは、意外と大変です。ひとくちに「睡眠」と言っても、身体的な側面や、社会的な側面など、いろいろな側面を持っています。

ただ、ひとつ間違いなく言えることは、睡眠は〈生き物すべてにとってなくてはならないもの〉ということです。このことを確かめるためには、睡眠を取らずにいると生き物はどうなってしまうのかを見てみることが近道です。

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眠れないイヌ

睡眠を取らずにいると、いったいどうなるのか。人間で確かめることは倫理的にも問題があり難しいため、残酷なようですが動物実験が行なわれることになります。動物に睡眠を取らせない実験を断眠実験といいます。

断眠実験は古くから行なわれていました。確認されているもっとも古い記録は、19世紀初頭に、ロシアの科学者マリア・ミカエローヴァ・マナセーナが行なったものです。彼女は、イヌに運動をさせ続け、睡眠を取らせないという実験を行ないました。この実験の結果、イヌは96〜120時間(5日前後)のうちに死んでしまったといいます。

レヒトシャッフェンの実験

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断眠実験はイヌだけではなく他の動物でも行なわれています。もっとも有名なもののひとつに、ラットを用いた実験があります。1980年代、シカゴ大学のアラン・レヒトシャッフェンが行なった、やはり少々残酷なものです。

彼とそのチームが用いた方法は次のようなものです。まず、水を張った容器を用意し、その上に円盤を置きます。そこに、脳波を測定する機器につながれたラットを乗せます。円盤の上のラットが眠ったことが脳波計で示されると、円盤はゆっくりと回転し始めます。するとラットは目を覚まして、水に落ちないように動き始めます。このようにして睡眠を奪われたラットは、いったいどうなったのでしょう。

ラットには充分な食糧が与えられていました。しかし、一週間ほど経った頃から、ラットの体重は著しく減っていき、体毛も黄ばみ始めました。運動機能や体温を調節するメカニズムにも変調がみられ、下がっていく体温を維持しようと丸まるラットも見受けられるようになり、そして約一ヶ月ほど経つと、実験に用いられたラットは残らず死んでしまいました。マリア・マナセーナの実験とは違い、ラット達は運動を強制されたわけでも、食糧を与えられなかったわけでもありません。しかし、睡眠を奪われただけで、彼らは死んでしまいました。睡眠が、生きることに不可欠であることが証明されたのです。

レヒトシャッフェンには次のような有名な言葉があります。「もし、睡眠が生きる上で肝要な働きに貢献していないとすれば、それは進化の過程が犯した最大の過ちである」

人間は?

断眠実験によって、睡眠が生き物の生存に不可欠なものであることは証明されました。当然ですが、このような実験を人間を対象に行なうことは出来ませんし、許されません。しかし、実験という形ではなく、「最長不眠記録=どれだけ眠らずにいられるか」に挑んだ人達もいました。次回のレッスンは、断眠の果てに極限状態を味わった2人のお話です。

Lesson 1-1 まとめ

  • 断眠実験…動物に睡眠を取らせない実験。
  • 睡眠は生き物にとって、必要不可欠なもの。