Lesson 6-7 夢のセラピー効果

夢が夢である理由を求めて

ウィリアム・ダンホフの膨大な夢の分析よって、夢が表面上は日常の体験に近い姿を取りながら、必ずといっていいほどマイナス感情を伴うものでもあることが明らかになりました。ならば、その理由はどこにあるのか。「夢はそういうものだから」と片付けてしまえれば話は簡単ですが、何事にも理由と必然性を見出そうとするのが研究者です。

セラピスト仮説

夢は脳が「作り出して」いるものです。恐怖や不安など、不快感を伴う感情を、脳がわざわざ作り出す理由はなんなのか。研究者たちは、「夢がマイナス感情を伴うことで、日常で感じるマイナス感情との折り合いを付けようとしているのではないか」と考えました。つまり、夢をセラピストとして捉える仮説です。

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マイナスな出来事やそれに伴う感情は、繰り返し体験して慣れることで、耐性を作ったり、マイナス感情を小さくすることが可能です。トラウマに似た体験を夢のなかで繰り返すことで、トラウマを減らそうとしているのではないか? 同じように、現在抱えている問題やマイナス感情も、やはり夢のなかで繰り返し体験することによって、折り合いをつけようとしているのではないか? 夢をセラピストとして捉える仮説は、大まかに言うとこのようなものです。

ビデオ実験

セラピスト仮説を確かめるために、研究者たちは実験を重ねました。実験の一例をご紹介しましょう。

被験者は、検死解剖を生々しく記録したビデオを鑑賞し、その後、二つのグループに分けられます。一方のグループは実験室で一晩睡眠をとるように指示されました。もう一方のグループの被験者たちも別室で眠るように指示されましたが、頭部には脳波計を装着し、レム睡眠が現れるたびに揺り起こされました。つまり、夢を見ない睡眠だけをとるようにされたのです。最終的な睡眠時間の合計は、二つのグループとも同じになるよう設定されました。

翌朝になって、被験者は全員、昨日と同じビデオを見せられました。その後、「今の気分はどんなものか」、「昨日と比較した場合はどうか」などの質問を受けました。すると、セラピスト仮説を裏付けるように、夢を見ることが出来た被験者のほうが、2回目にビデオを見た際に感じた恐怖やストレスは減少していました。

Lesson 5-5で見た、睡眠と忘却の関係を検証する実験と少し似ているので、混同しないように注意しましょう。)

真夜中のセラピー

シカゴにあるラッシュ大学メディカルセンターのロザリンド・カートライトは、上記の実験とはまったく異なるアプローチで、夢のセラピー効果を確かめようと試みました。精神疾患や強いストレスを抱えた患者が、セラピーやカウンセリングを受けると、時間が経過するとともに、気分も安定し快方に向かっていきます。夢にセラピー効果があるとすれば、睡眠中にも同じような現象が起こっていると、カートライトは考えました。

カートライトは被験者を集め、自身の研究室で眠ってもらいました。レム睡眠に入ったことを脳波計が示してしばらく経つと、被験者は揺り起こされ、たった今見ていた夢の内容について質問されました。観察を続けると、カートライトが予想した通り、時間が経ち夜が更けていくに連れて、被験者の夢の内容は明るいものに変化していくことが分かりました。

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うつ状態とセラピー効果の関係

カートライトは実験の内容を一歩進めてみることにしました。夢が持っているセラピー効果を、実際に治療として臨床の現場に活かすことが出来ないかと考えたのです。そこで、離婚歴があり、現在うつ状態にあると診断されている女性たちを被験者に選び、同様の実験を行ないました。カートライトたち研究チームは、被験者たちの夢の内容を慎重に検討し、また、夢に元夫が出てきたかどうかも記録しました。

実験から1年後、研究チームは被験者の女性たちに連絡を取り、彼女たちの病状の変化と、夢の内容の変化について質問しました。調査の結果は、やはり夢のセラピー効果を裏付けるものでした。うつ状態が改善していた女性たちほど、この1年間のあいだに夢の内容が少しずつ明るいものに変化しており、元夫が夢に登場することもなくなっていました。

長すぎるセラピーは危険

そうはいっても、「うつ状態は夢を見ることで改善する」と結論づけることは早計であり、危険でもあります。

レム睡眠とノンレム睡眠それぞれの性格を思い出してみましょう。レム睡眠時には、身体は弛緩していますが脳は活発に働いています。ノンレム睡眠時には、脳も一部分を残して眠り、身体機能も低下しています。ふたつの睡眠にはそれぞれメリットがあり、レム睡眠を多くとることは、そのセラピー効果によって不安や苦悩を和らげる助けになり、ノンレム睡眠を多くとることは、脳と身体両方に休息を与えることになります。

しかしレム睡眠を長くとると、そのぶんノンレム睡眠の時間が少なくなるため、身体には疲労感が残ることもあります。そしてこれは、重度の精神疾患の患者によく見られる状態でもあるのです。

酷いうつ状態や、重度の精神疾患に苦しんでいる患者は、睡眠障害を併発していることも多く、普通に眠ること自体が困難な場合も多くあります。やっと眠れたとしても、日中に感じているストレスがあまりにも大きいため、脳がレム睡眠でストレスを解消させることに精一杯で、ノンレム睡眠をほとんど取れていないことも少なくありません。このような状態では、夢のセラピー効果に期待するよりも、まずは睡眠の質と時間を正常な状態に近づけるような治療に力を注ぐべきです。

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しかしながら、夢が持つセラピー効果はやはり魅力的です。さらなる研究が進むことで、安全かつ効果的な医療技術への応用が実現することが期待されています。

Lesson 6-7 まとめ

  • 夢のセラピスト仮説…トラウマに似た体験を夢のなかで繰り返すことでトラウマを減らそうとしている。
  • 夢で不快な体験を繰り返すことで、不快感は減少する。
  • 時間が経ち夜が更けていくに連れて、夢の内容は明るいものに変化していく。
  • 夢のセラピー効果については、さらなる研究の進展と医療技術への応用が期待されている。