Lesson 6-5 夢研究所

ニューヨークの霊媒師

今日では、その科学的根拠に疑問がもたれ、眉唾ものとして見られてしまうことも多い、フロイト派の夢判断に関する理論ですが、出発点としてはれっきとした学術書を意図して書かれたものであり、少なくともその後の精神医学や神経学の基礎を成したことは確かです。

しかし、現代にも、夢を神秘的なもの、さらには超常現象のようなものとして研究する人物も、依然として存在します。そんな「ブッ飛んだ」研究者の一人がモンタギュー・ウルマンです。彼は夢の持つ神秘的な力について研究を進めました。

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ウルマンとクリップナー

ニューヨークの研究者であったモンタギュー・ウルマンは、当初フロイト派の精神分析学者を志して研究を進めていました。しかし研究を進めていくうちに、彼の被験者たちが語る夢には、未来を予言しているような内容や、テレパシーのような能力があることに気づきます。はじめのうちは懐疑的だったウルマンでしたが、少しずつ夢の神秘性に興味を引かれていきました。そして、超能力や超常現象を研究する超心理学者のスタンリー・クリップナーと共同で、ニューヨークのマイモニデス医療センター内に、夢研究所を立ち上げます。ウルマンとクリップナーの二人は、その後、十年間に渡って、夢が持つ神秘的な力についての風変わりな研究を繰り広げました。

サイケデリック・カルチャーの追い風

1960年代後半は、公民権運動の時代であると同時に、LSDやマリファナなどの流行に影響を受けたドラッグ・カルチャーの時代でもありました。サイケデリックな音楽やポップカルチャーが世界的に流行します。ビートルズやローリング・ストーンズのメンバーが、インドの導師マハリシ・マヘシ・ヨギのもとを訪れ瞑想修行を行なったことに象徴されるように、それまでの西洋的、白人至上主義的な価値観に対する反発から、東洋的な価値観やその神秘性に目を向ける傾向が世界中の若者たちのあいだで高まります。

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Lesson 6-1で見たように、夢に神秘性を見出す価値観は古来から世界中に伝わり、様々な宗教の成立にも大きく寄与しています。60年代当時の東洋回帰的な風潮は、ウルマンのような夢の研究者たちにとっては、まさに追い風と呼べるようなものでした。

テレパシー実験

ウルマンとクリップナーが行なった実験の例を見てみましょう。

被験者(二人は被験者と呼ばずに霊能者と読んでいました)の頭部に脳波計を装着し、実験室で一晩を過ごしてもらいます。霊能者がレム睡眠に入って夢を見始めたことを脳波計が告げると、霊能者が寝ている部屋の隣室で、もう一人の被験者(同様に代理人と呼ばれました)が、目の前に置かれたカードの絵柄を凝視して、神経を集中させます。しばらく経って、脳波計が夢の終わりを知らせると、霊能者は起こされ、いま見ていた夢の内容をなるべく詳しく報告するように頼まれます。こうしてウルマンとクリップナーは、霊能者が見た夢と、代理人が見つめていたカードの絵柄のあいだにどれだけ共通点があるかを検討し、夢が持つテレパシー能力を調べていました。もちろん、霊能者と代理人のふたりに、カードの絵柄は事前に知らされていません。この実験は、多くの場合成功を収めたといわれています。二人の研究者は、ますます夢が持つ超能力への核心を強めていきました。

Turn On Your Lovelight

1970年、クリップナーはとあるパーティーで、グレイトフル・デッド(Greatful Dead)のギタリスト、ジェリー・ガルシアと知り合う機会を得ます。グレイトフル・デッドは、西海岸のサイケデリック・カルチャーを代表するロックバンドで、幻想的なライティングを伴った大音量のジャム演奏を長時間繰り広げることで人気を博し、70年前後には人気も実力も最初の絶頂期にありました。ガルシアはデッドのリードギタリストであり、バンドリーダーでもあります。ウルマンとクリップナーは、バンドのコンサートを舞台に、大規模な実験を行なうことを計画しました。

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1971年、ニューヨークのキャピトルシアターで行われたコンサートが実験会場となりました。バンドが演奏を繰り広げている背景のスクリーンに、数枚の絵が映し出され、そこには「みんなで絵に神経を集中させて、シアターの外に意識の光線を飛ばそう」という文章も添えられていました。

夢研究所には霊媒師のマルコム・ペセントが待機していました。コンサートが始まる前にペセントは眠りに就き、コンサートが終わる時刻には起こされ、夢を二人の研究者に報告しました。ペセントが語った言葉は、コンサート会場で映し出された絵の特徴のいくつかを言い当てていました。

 夢のない結論

とはいえ、たったひとつの研究室が発表した研究結果だけで、定説を覆すことは容易ではありません。特にウルマンとクリップナーの研究は、それまでの科学常識を根底から覆すものであるため、学会からも当然のように異端視されました。

それでも長年にわたって、他の研究者たちによる追試験も繰り返し行なわれました。しかし残念ながら、二人の研究を客観的に実証できるだけの有意なデータは得られていません。彼らの実験に夢はあるものの、夢にそのような超能力はないというのが、現在のところ、大方の科学者の意見です。

Lesson 6-5 まとめ

  • 夢のテレパシー能力の実験…モンタギュー・ウルマンとスタンリー・クリップナーのふたりによって試みられる。
  • 夢の超能力を客観的に実証できるだけの有意なデータは得られていない。