Lesson 6-1 夢の来歴

人々は夢をどう見てきたのか

睡眠の研究が進むに従って、夢はレム睡眠中に見るものであることや、レム睡眠中の脳内の働きと関係が深いことなどが、少しずつ明らかになってきました。しかし現代でも依然として、夢には神秘的なイメージが付きまとっています。

睡眠についての科学的な研究が進められる前、遥かな昔から、ヒトが夢を見てきたことは間違いありません。人々は夢をどのようなものとして見てきたのでしょうか。

夢を見ているときの脳の変化については、Lesson 3-3ですでに勉強しましたので、Lesson 6では、夢の研究史やその役割などについて見ていきましょう。

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身体から魂が抜け出す

まずは、古代にまで時を遡って、いくつかの国々を訪ねてみましょう。古代の人たちは、夢を神聖なものとして捉えていたと考えられています。夢で見ることの不可思議さ、自分でコントロールすることの出来ない夢の性格を考えれば、至極もっともな話です。

古代メソポタミアの人々は、現在でいうところの幽体離脱のような現象が夢の原因だと考えていました。人が眠ると、その魂が身体から抜け出してさまよい出し、そのさまよい出た魂が体験してきたことが夢だと考えていたのです。何人かの人々が、敵の軍隊が攻めてくる夢を見たと言ったことで、街じゅうがパニックに陥ったという逸話も残されています。

いっぽう、古代バビロニアの人々は、夢は神々から授けられる贈り物だと考えていました。楽しく美しい夢は慈悲深い神々から授けられ、恐怖や不安をともなう悪夢は悪魔がもたらしたものだと信じていたのです。

「眠りの神殿」のような例もあるにせよ、夢が神様からのメッセージであるとする考え方は、広く世界中に分布していました。旧約聖書の中にも、エジプト王ファラオの夢のエピソードをはじめとして、夢を神の啓示と見なす話は数多く書かれています。また、オーストラリアのアボリジニは、天地創造の神話を「夢の時代」と呼んでいます。彼らの生活は文化から宗教に至るまで、そのすべてが「夢の時代」信仰の上に成り立っています。毎晩見る夢は、「夢の時代」の精霊たちが現在に向けて送るメッセージだと考えられています。

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眠りの神殿と『夢判断の書』

古代ギリシアの人々も、夢を神様から与えられるものだと考えていた点では、古代バビロニアの人々と似ています。しかし、古代ギリシアの人々は、より積極的な意味を夢に見出そうとしました。夢には、神様からのメッセージが込められていると考えたのです。それらは生きていく上での指針や、苦悩への助言として捉えられていました。

紀元前200年頃には、「眠りの神殿」という神殿が存在していました。神聖な土地に立てられたこの宮殿を訪れ、そこで眠ることで、自分の好きな神様から夢でメッセージを授かることが出来る、というものでした。しかし実際のところ、この神殿は人々の信仰心を利用した、神官たちの悪知恵の産物でした。富裕層からお金を巻き上げて神殿に招き、特殊な状況下（様々な儀式や断食、蛇の群れなど）に置くことで、普段とは違う夢を見させていたと、現在では推測されています。

紀元2世紀頃、古代ギリシアの夢占い師アルテミドロス・ダルディアヌスは『夢判断の書』という本を著しています。この本は、当時から夢判断を行なう職業が存在していたこと、夢判断が人気を博していたことを示しています。この本はその後も長く読み継がれて、夢判断の古典となりました。ほんの少し前までは、日本でも訳書が出ていたほどです。

現代でも…？

夢の内容は未来を暗示しているとする説も、かなり古くから存在していました。予言的な力を持つ予知夢にまつわる伝承も、世界中に多く残されています。

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これらの、夢には神秘的な力が宿っているとする考え方が、これといった根拠を持つものではないということは、現代では誰でも知っています。ここまでの文章を、「胡散臭いなぁ」と感じながら我慢してお読みになった方もいらっしゃるかもしれません。

しかしここに、とても興味深い研究事例があります。2009年に、アメリカのカーネギー・メロン大学の研究チームが行なったアンケート調査がそれです。研究チームは、ボストンの通勤者数百名を対象にアンケート調査を行ないました。

「あなたは飛行機に乗ることになりました。次の4つのシチュエーションのうち、もっとも強く不安を感じるのはどれですか？」

  1. 自分の乗る飛行機がテロリストに狙われているという、政府による発表があった。
  2. 自分が乗る飛行機が墜落する場面を想像した。
  3. 自分が乗る飛行機と同じルートで、つい最近飛行機が墜落した。
  4. 自分が乗る飛行機が墜落する夢を見た。

集計の結果、もっとも多くの人が選んだのは「4」でした。人は、そこに根拠がないことを知っていても、夢の不思議な力を信じたがるようなのです。

Lesson 6-1 まとめ

古代の人たちは、夢を神聖なものとして捉えていた。

  • 眠っているあいだに身体からさまよい出た魂が体験してきたことが夢だとする説。
  • 夢には神様からのメッセージが込められているとする説。
  • 夢の内容が未来を暗示しているという説。