Lesson 6-4 フロイトのみた夢

類型夢:解答編

前回の最後に挙げた、3つの類型夢を、もう一度見てみましょう。

  1. 裸で困惑している夢
  2. 近親者が亡くなって悲しむ夢
  3. 乗馬をしている夢

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皆さんは、それぞれどのように夢判断をしましたか? フロイトは、この3つの夢を次のように解釈しています。

  1. 抑制された露出願望を表している。
  2. 近親者が亡くなってほしいという幼児期の願望を表している。
  3. セックス願望を表している。

いくつ正解できたでしょうか?

類型夢の問題点

フロイトの『夢判断』のなかで、もっとも批判の対象にされるのが、この類型夢です。あまりにも性的、攻撃的な解釈に偏りすぎている、というのがその理由です。さらにいくつかの例を挙げてみると、

  • 葉巻を吸っている夢 → 自分の性器の大きさに不安があることを表している。(男性の場合)
  • 父親(母親)とセックスしている夢 → 母親 (父親)に恋愛感情を持っていることを表している。
  • 歯が抜ける夢 → 去勢への恐怖を表している。
  • メリーゴーランドに乗っている夢 → 性的な願望を表している。

他にも、性的なものの象徴とされるイメージは数百種類もあります。しかし、フロイト自身が『夢判断』のなかで語ったものは、それほど多くありません。本書が出版された後に、フロイト自身や、彼の研究を支持する研究者たち(フロイト学派)によって、夢判断の理論が発展させられていった結果、類型夢やフロイト式の夢判断は、性的・攻撃的なイメージと切り離せないものとなっていきました。

現在では、夢に現れるイメージになんらかの意味があるとしても、それらがすべて、抑圧された性欲や攻撃衝動を表すものではないと考えるのが一般的です。

類型夢から離れて、もう一度、『夢判断』の内容に戻りましょう。

夢思想と夢内容

フロイトは夢を、夢思想(dream-thoughts)と、夢内容(dream-content)の2つに分類しました。

  • 夢思想(dream-thoughts)…潜在内容。夢の原典と呼べるもの。
  • 夢内容(dream-content)…顕在内容。実際に見る夢。原典の翻訳と呼べるもの。

また、夢思想から夢内容を作り出す無意識の働きを、夢の作業(dream-work)と名付けました。夢を解釈する作業は、実際に見た夢内容からその原典である夢思想を読み解く作業であると言えます。

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フロイトは、潜在内容である夢思想には、非常に豊かなイメージが蓄積されているが、夢内容はそれを表現するのに充分な語彙やイメージを持たないと考えました。そのため、夢思想から夢内容が形成される際に、イメージの変容や合体、意味の転移や時間軸の移動など、圧縮と呼ばれる作業が行われていると考えました。

しかし、情動については、圧縮の影響を受けにくいため、夢思想が持っている情動がそのまま夢内容として顕在化してしまうと仮定しました。夢の中で感じる情動が、現実に劣らないどころか、現実よりも強烈な印象を伴うことも多くあるのは、情動はイメージと比べて加工が少なく、生の状態に近いためだと考えたのです。

願望充足装置としての夢

このような過程を経てまで、ヒトの無意識が夢を形成する原動力を、フロイトは願望の充足に求めました。

  1. 日中、叶うことを願っているが充足させることが出来ずにいる願望
  2. 日中に思い浮かんだものの、意識(理性)によって非難された願望
  3. 日中の活動とは無関係な願望
  4. 睡眠中に覚える、喉の渇きや尿意、性欲などの生理的な願望

これらの願望を充足させるために、毎晩夢が形成されていると考えたのです。また、願望は夢内容として形成される際に検閲を受けるために、もとの姿を留めず、また夢の内容も荒唐無稽なものになるとしています。

フロイトは、心の動きの相互関係を説明するために、心的装置という考え方を導入しました。また、無意識の他に前意識という段階を設定します。前意識は、確かに知っているはずなのに思い出せない名前や体験など、無意識と意識の両方を往来するような性質の記憶が存在する領域です。この前意識を無意識と意識の中間に位置づけ、無意識は前意識を通過しないと夢内容として形成されることは出来ないと考えました。

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『夢判断』への批判

非常に大雑把に眺めただけでも、『夢判断』で述べられている夢の概念はとても柔軟なものです。また、夢思想が夢内容として形成されるという説は強い魅力を持っている一方で、その過程に圧縮や検閲という段階を設定したために、いくらでも恣意的な解釈が可能なものになってしまっています。この点について、精神分析学者のドナルド・メルツァーは「恥ずべき姑息な概念で全体を縫い合わせている」と批判しています。

また、フロイト的なアプローチによる夢の分析は、被験者の抑圧された過去の記憶を掘り出しているわけではないことも明らかになってきています。

フィレンツェ大学のジュリアナ・マンツォーニ教授は、100人の被験者を集めて興味深い実験を行ないました。まず、被験者全員に対して、幼少期にトラウマとなるような体験(親に捨てられた、虐待を受けた等)をしたことがないか質問しました。そして、「そのような体験はない」と答えた被験者に、臨床心理学者との面接を行なってもらいました。被験者は自分の見た夢を、フロイト式のアプローチで心理学者と一緒に分析していきます。

面接開始から2週間後、彼らにもう一度幼少期の体験についての質問をしたところ、彼らは抑圧的なトラウマ体験について語り始めました。自分が見た夢について、心理学者に「それは幼少期の抑圧された記憶を表している」と説明されたからです。被験者たちは、心理学者の分析の通りに、過去のありもしない記憶を「作り出していた」のです。

「無意識」に目を向けさせる

フロイトのもっとも大きな功績は、人々の関心を「無意識」に向けさせた点にあります。

彼の治療法や理論自体は、発表当時は無理解と激しい非難にさらされ、現代でも上述のような反証実験が行なわれ、評価が確定していないという状況にあります。しかし、その後の精神医学や神経科学の方向性を決定づけたという点や、医療以外のあらゆる芸術・表現分野に与えた強い影響を鑑みると、彼の功績は、一概に過大評価といって済ませられるものではないと言うことが出来るでしょう。

フロイトは、『夢判断』の第2版へ寄せた序文のなかに、次のように記しています。

この書物は私にとってきわめて個人的な意義があり、完成した後に理解できた。それは私の自己分析の一部で、私の父に対する反応、すなわち人生でもっとも重大なできごと、もっとも痛切な喪失に対する反応であることがわかった」

『夢判断』は、「精神病理学の立場から夢を分析する学問的文献」として出発しましたが、非常に私的な色合いの濃い、科学書の体裁を借りた私小説のようなものだったのかもしれません。

Lesson 6-4 まとめ

  • 類型夢の問題点…あまりにも性的、攻撃的な解釈に偏りすぎている。
  • 夢思想(dream-thoughts)…潜在内容。夢の原典と呼べるもの。
  • 夢内容(dream-content)…顕在内容。実際に見る夢。原典の翻訳と呼べるもの。
  • 圧縮や検閲などの過程を経て、夢思想から夢内容が形成される。
  • 願望の充足のために夢は形成される。
  • 前意識…確かに知っているはずなのに思い出せない名前や体験など、無意識と意識の両方を往来する記憶が存在する領域。
  • フロイト的アプローチの問題点…いくらでも恣意的な解釈が可能。抑圧された過去の記憶を掘り出しているわけではない。
  • フロイトの最大の功績は、人々の関心を「無意識」に向けさせた点にある。