Lesson 6-3 『夢判断』とその方法

1895年7月24日

前回の簡単なおさらいです。人間の心の動きを知り、傷を癒すためには、催眠療法で知ることが出来る心の奥底よりさらに深く、無意識について探求する必要があると考えたフロイトは、精神分析法を生み出し、さらにその関心を夢に向けていきます。夢には、無意識のうちに抱えているイメージや抑圧の断片が、別な形をまとって表れるのではないかと考えたからです。

1890年代後半、フロイトは開業医として、患者の治療に当たるかたわら、研究を進めていました。しかし、学会や研究者の無理解と批判にさらされて、孤独に苦しむ毎日を送ります。また、夢の研究自体も非常に困難をともなうもので、当時の彼の心境は、研究仲間のヴィルヘルム・フリースに宛てた手紙の中にある、次の一節からも読み取ることが出来ます。

『1895年7月24日、ジークムント・フロイト博士がこの家で夢の謎を解明』。そんな風に大理石の石板に刻まれる日がいつか来るのだろうか。現在のところ、その望みはほとんど無い」

夢はわれわれ自身の心の所産である

フロイトが夢の研究をするようになった直接のきっかけは、1896年の父の死でした。葬儀の晩に見た夢を、やはりフリース宛ての手紙の中に綴り、その夢は後に『夢判断』にも収録されることになります。その後も彼は自分の夢を記録し、分析を加えながら、夢と無意識の関係について考察を重ねていきました。

そして、研究の集大成として19世紀の最後の年に出版された『夢判断』は、フロイトの数多い著作の中でももっともよく知られているもののひとつです。

https://en.wikipedia.org/wiki/The_Interpretation_of_Dreams#/media/File:Die_Traumdeutung_(Congress_scan).jpg

https://en.wikipedia.org/wiki/The_Interpretation_of_Dreams#/media/File:Die_Traumdeutung_(Congress_scan).jpg

フロイトは、強迫観念や不安神経症などの精神疾患と、無意識下のイメージによって作られる夢は関係があると考えていたため、「精神病理学の立場から夢を分析する学問的文献」として『夢判断』を著しました。この本を書いた目的についてフロイトは、次のふたつの理由を挙げています。

  1. 夢を解き明かす適切な方法を用いれば、夢は心が生んだ意味を持ったものであることを証明できることを示す。
  2. 夢はなぜ荒唐無稽なのかを説明することで、そこから人間の心が抱えている力や動きの正体を明らかにする。

夢は様々な断片的なイメージの混合物である

上のふたつの目的からもお分かりになるように、フロイトは、夢は解釈することが可能であると考えていました。そこから、本書の題名にもなっている夢判断の方法が編み出されたのです。

彼はまず、古くから伝わる夢判断の方法を2種類に分類し、問題点を挙げます。本書もまた、Lesson 6-1でお話ししたアルテミドロスの『夢判断の書』を踏まえた上で書かれているのです。

  1. 象徴的判断…夢の内容を、まったく別の分かりやすい内容に置き換えること。
  2. 解読法…夢を暗号文のようなものとして捉えて解読する。

象徴的判断については、夢を解釈する手段は直感でしかなく科学的ではないとして退け、解読法については、夢を解読するために使うキーが信用できるという保証がない、夢はパズルのように機械的に解読できるものではないとして、やはり退けています。

ではフロイトはどのような手法を採ったかというと、まず、夢を一種の神経症の症状と見なして、神経症のために考えられた治療法を応用することを試みました。自由連想法を用いることで、患者は自分の夢に表れた表象から、その背後にあるイメージを連想をしていきます。この方法は解読法に似ていますが、それまでの解読法が夢全体を一つの物語、あるいはイメージとして捉えたのに対し、フロイトは夢に表れる個々のイメージを分析することに重点を置いた点が異なります。フロイトは、夢は様々な断片的なイメージの混合物であると捉えることにしました。

dd824f6c92367c402bca79aa308504b39_s

夢の中に、昔のままにいろいろな欲望を持った子どもが生き続けているのを見出す

当時、心理学の世界では、夢の内容は睡眠中に受ける刺激が反映されたものだとする考えが主流でした。しかし前回もお話ししたように、フロイトは夢の内容を無意識下のイメージが現れたものだと考えました。そして、無意識からやってきて夢に現れる断片的なイメージの特徴を、主に次のように分析しました。

  • 夢にはごく近い過去の体験の印象が現れる。
  • しかし夢は、その体験の本質的な部分ではなく、その周辺の付随的な部分をより好んで表出させる。
  • 夢は最早期に受けた印象を引っ張り出す。そのため、とっくに忘れたと思っていたものが夢に現れる。
  • 複数の体験(たとえば、ごく数日前の体験と幼少時代の記憶)は、夢のなかでは合成されて一つのイメージとして現れることが多い。
  • 夢に現れる願望は幼少時代に由来する。

夢に現れる形象は、とても自由で可変的です。そのため、重要なものがまったくそうではないと思われる要素として姿を見せたり、ふたつの体験が一つのイメージとなって現れたりするとフロイトは考えました。

類型夢

ところで、『夢判断』で扱われているのはフロイト自身の夢です。彼が述べている夢判断は、いわば著者による自己分析と言うことも出来ます。この点についてフロイトは、夢判断においては他者の観察よりも自分自身の観察のほうが正確で信頼が置けると考えていること、自身による夢判断がどこまで有効なものかを確かめる目的もあるという旨を述べています。

しかし、ここで他者の夢判断をする場合を想定してみましょう。被験者が観察者に協力的な場合は問題ありません。ところが、被験者が観察者に、夢から連想される自身の体験や幼少期の記憶を話そうとしなければ、夢判断をすることは出来ません。

そこでフロイトが考え出したのが、類型夢という分析法です。現在、フロイトの夢判断と聞いて一般的にイメージされるのが、この類型夢といえます。誰もが頻繁に見る同じようなパターンの夢は、誰の夢においても同じような意味を持つと考えて分析できるというのが、類型夢の考え方です。

3つの類型夢

ここに、3つの典型的な類型夢の例を挙げてみます。それぞれの夢はどのような意味を持っているのか、考えてみて下さい。答えは次回の冒頭でお教えします。

  1. 裸で困惑している夢
  2. 近親者が亡くなって悲しむ夢
  3. 乗馬をしている夢

Lesson 6-3 まとめ

  • 『夢判断』…1900年発行。精神病理学の立場から夢を分析する学問的文献。
  • フロイトは、夢は様々な断片的なイメージの混合物であり、解釈することが可能であると考えた。
  • 夢にはごく近い過去の体験の印象が現れる。
  • 夢は体験の本質的な部分ではなく付随的な部分を好んで表出させる。
  • 夢は最早期に受けた印象を引っ張り出す。
  • 複数の体験は、夢のなかでは合成されて一つのイメージとして現れることが多い。
  • 夢に現れる願望は幼少時代に由来する。
  • 類型夢…誰もが頻繁に見る同じようなパターンの夢は、誰の夢においても同じような意味を持つと考えて分析できるとする考え方。