頭の中のコンピューター
前回は、レム睡眠が急速眼球運動を伴う睡眠であること、ノンレム睡眠がそれを伴わないものであること、そして、眠っているあいだに私たちはレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返していることを学びました。それでは、もう少し具体的に、レム睡眠やノンレム睡眠を起こす脳の仕組みについて学んでいきましょう。
ニューロン
睡眠のメカニズムを理解するには、まずニューロンについて知る必要があります。ちょっとややこしそうな専門用語が出てきますが、難しくはありません。
ニューロン(神経細胞)は、情報の伝達・処理を行なう細胞です。ヒトの脳には、千数百億個ものニューロンが存在し、最も精緻な構造をしている大脳皮質には140億個のニューロンがあります。
ニューロンは次のような部分によって構成されています。
- 細胞体…細胞の中心部。
- 樹状突起…他の細胞からの情報を受け取る。
- 軸索…他の細胞へ情報を送り出す。
樹状突起の先端部は枝分かれして、他のニューロンの樹状突起などに接しています。そこから数千〜数万個にもなる情報(入力刺激)を常に受け取って処理し、やはり枝分かれした軸索から他の細胞に伝達します。
情報の伝達にはシナプスが介在しています。シナプスは、軸索や樹状突起との小さな隙間にある,情報を伝達する構造です。シナプスにも色々な種類がありますが、ここでは大まかな働きを覚えておいて下さい。シナプスは、その数や構造、伝達効率などを時々刻々と変化させながら、情報をニューロンに伝えています。
イメージがしにくい方は、人間の脳はとてつもない情報処理能力、演算能力を備えたスーパーコンピューターだと考えると良いかもしれません。出力の大きさや、アウトプットとインプットの組み合わせを無限に近く持っているコンピューターが、わたしたちの頭蓋骨の中にはあるのです。
脳波=電気
睡眠周期を測定するために、睡眠ポリグラフ検査という方法を用いることは前回学びました。睡眠ポリグラフ検査では脳波を測定します。その脳波は、ニューロン間を情報が駆け巡るときに発生する電気信号=活動電位なのです。
もちろん、ひとつのニューロンが発生させる電気信号はごくごくわずかなものですが、脳全体には千数百億個のニューロンが存在するため、電気信号(脳波)は皮膚の上からでも計測が可能な程度の強さになります。つまり、脳波の強弱を観察することで、脳の活動状態を把握することが出来るのです。
脳だけは起きている
それでは、脳の活動状態とレム睡眠、ノンレム睡眠の関係を見てみましょう。
活動電位が発生することを「発火」といいます。ヒトが起きて活動している間、発火は脳の至るところでバラバラに起きています。それだけ脳が活発に情報を処理している証拠です。しかしヒトが眠ると、発火は徐々に少なく、同期して起こるようになっていきます。深いノンレム睡眠や深睡眠では特に顕著です。
上のグラフは、大脳皮質のニューロンの発火を測定したものです。①〜⑤は、5つのニューロンを表します。覚醒時とレム睡眠時(上)はバラバラで頻繁に起きていた発火が、ノンレム睡眠時(下)には同期して起きるようになっているのがわかります。
では、ノンレム睡眠がレム睡眠に移行するとき、脳はどうなっているかというと、覚醒時と同等かそれ以上に頻繁な発火が見られます。睡眠中とはいえ、脳は活発に活動しているのです。しかし、脳から出力される情報や、脳へ入力される情報は遮断されているのです。
感覚系(視覚、嗅覚など)から脳へと入力されるはずの情報は、大脳の視床という部分で遮断されています。また、脳から筋肉に送られるはずの情報は、脊髄で遮断されています。つまり、レム睡眠中は、脳だけが活発に活動して身体は眠っているという状態になります。
なぜこのような状態を、わざわざ脳は作り出しているのでしょうか。次回からは、レム睡眠やノンレム睡眠が生き物にとってどのような役割を果たしているのかを見ていきましょう。
Lesson 2-2 まとめ
- ニューロン(神経細胞)…情報の伝達・処理を行なう細胞。細胞体、樹状突起、軸索などから成る。
- シナプス…ニューロン間での情報伝達に介在する化学物質。
- 脳波…ニューロン間を情報が駆け巡るときに発生する活動電位。活動電位が発生することを発火という。
- ノンレム睡眠中は、発火は同期して少ない。
- レム睡眠中は、発火があちこちで起こる。
- レム睡眠中は、脳だけが活発に活動して身体は眠っている状態になる。