全然疲れてないよ

2003年に、睡眠時間と集中力との関係についての実験が、ワシントン州立大学・睡眠とパフォーマンス研究センターのグレゴリー・ベレンキーの研究チームによって行なわれました。集められた被験者は、まず最初の数日間、夜11時に就寝して朝7時に起床するという生活をおくります。その後、被験者は4つのグループに分けられ、それぞれ9時間睡眠、7時間睡眠、5時間睡眠、3時間睡眠で、その後の数日間生活するように指示されました。

日中、被験者たちは「自分がどれぐらい疲れているか」を自己評価することを頼まれ、機敏さのテスト、集中力のテストなどを受けました。9時間睡眠のグループは、疲労感も少なくテストの結果も良好でした。それに対して5時間、3時間睡眠のグループは、強い疲労感を訴え、テストの結果も芳しくありませんでした。ここまでは、研究チームの予想通りでしたが、7時間睡眠のグループの結果は、予想外なものでした。他の3つのグループとは違って、被験者の自己評価とテストの結果が食い違っていたのです。つまり、「疲れを感じていない」と自己評価していながら、テストの結果は、明らかに集中力が散漫になっていることを示していたのです。

本当は疲れてるのに

この実験結果は非常に示唆的です。9時間から7時間へ、睡眠時間が2時間減少しただけで、日中の集中力は保てなくなります。しかも、それなりにまとまった睡眠を取って身体は疲労を感じていないため、本人は集中力が散漫になっていることに気づいていないのです。

睡眠不足の自覚があるならまだしも、本人に自覚がないだけに、これは非常に恐ろしいことだと言えます。

マイクロスリープの怖ろしさ

本人も気づかないうちに、ほんの一瞬だけ脳が眠りに落ちてしまう、マイクロスリープと呼ばれる現象があります。睡眠不足や精神的に疲れた状態にあると、脳がダメージを受けるのを少しでも防ごうとして、マイクロスリープを起こして疲労回復を図る、と考えられています。マイクロスリープは、長くても20秒前後、短ければ0.1秒程度の現象です。

読書や勉強の最中、一瞬だけ意識が途切れたという経験をした方もいらっしゃるでしょう。しかしそれはマイクロスリープでも長い部類に入ります。10分の1秒〜1秒程度のマイクロスリープでは、意識が途切れたことに気づけず、目も開いたままです。しかし脳は眠り込んでいるので、勉強中ならともかく、車などを運転していれば大変なことになりかねません。

実際、ドライバーの遺体を調べれば、マイクロスリープが原因かどうかの判断は瞬時に出来るそうです。なぜなら、マイクロスリープが原因の場合、ドライバーに危険を察知した形跡がまったく見られないからです。ハンドルを回すこともブレーキを踏むこともなく、目を見開いて眠り込んだまま、彼らは死に突っ込んでいきます。

睡眠不足で人の道を踏み外す？

睡眠不足は集中力だけでなく、理性的な判断力にも影響を及ぼすことが明らかになっています。イギリス、ラフバラ大学の睡眠学者ジム・ホーンは、研究室内にミニ・カジノを用意し、睡眠を充分に取った被験者と、睡眠不足の被験者数名に遊ばせました。結果は予想通り、睡眠不足の被験者はいつまで経ってもゲームのコツが掴めず、損をする可能性しかなくなってもゲームを辞めようとはしませんでした。

これは、睡眠不足によってブドウ糖が足らなくなった脳が、正常に働かなくなるためです。脳の前頭部は判断力だけではなく、道徳心や自制心もつかさどっているため、睡眠不足が人としての道を踏み外す手助けをしてくれることもあります。

アメリカ、ノースカロライナ大学チャペルヒル校のマイケル・クリスチャンが行なった研究があります。クリスチャンは、勤務を終えたばかりの看護師たちを集めて、前日の睡眠時間と勤務中に犯したミスを、ひとりずつに質問していきました。その結果、睡眠時間が短い看護師ほどミスが多く、ごまかしや、違法薬物を使用した者さえいることが分かりました。

睡眠不足によって失われるものは、個人的な誇りから社会的な損失まで、幅広く大きいのです。

Lesson 8-2 まとめ

• 自分が把握する睡眠不足や疲労度と実際のそれとは、必ずしも一致しない。
• マイクロスリープ…本人も気づかないうちに一瞬だけ脳が眠りに落ちてしまう。10分の1秒〜1秒程度のマイクロスリープでは意識が途切れたことに気づけず、目も開いたまま。
• 睡眠不足は、理性的な判断力や道徳心、自制心にも悪影響を及ぼす。
• 脳は睡眠不足によってブドウ糖が足らなくなると正常に働かなくなる。