Lesson 7-2 睡眠時随伴症の原因と対処法

怪奇小説作家の初期作品

夢遊病に関する最初の論文は、200年ほど前、のちに怪奇小説作家として知られることになる一人の学生によって書かれました。1815年、イギリスのエディンバラ大学医学部に学んでいた19歳のジョン・ウィリアム・ポリドリは、『夢遊病と呼ばれる疾患に関する学位論文』を執筆します。ポリドリはこの中で、電気ショックを与えたり、水風呂に漬けることで、夢遊病は治療可能であると述べています。学会からは無視されてしまったポリドリの論文ですが、その後の夢遊病研究に大きな影響を与えました。

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遺伝的傾向が強い夢遊病

200年前とは比較にならないほど睡眠の研究が進んでいる現代では、夢遊病を含む睡眠時随伴症のメカニズムが、少しずつですが明らかになってきています。特に、夢遊病には遺伝的な要因が強く関わっていることが分かっています。ある調査によれば、夢遊病患者のうち、家族または親族にも夢遊病患者がいない患者は、17パーセントに過ぎませんでした。遺伝的要素が関係しているということは、DNAやRNAの解析が進むことによって治療法が見つかる可能性を示しており、今後の研究の進展が期待されています。

症状はノンレム睡眠「近辺」で現れる

脳波を計測することで、夢遊病や夜驚症の症状が現れたときの患者の脳の状態を調べる研究も行われています。従来、夢遊病や夜驚症の患者は夢を見ていて、それがなんらかの理由で実際の行動に現れていると考えられていました。しかし、脳波を調べることによって、夢遊病患者が夢を見ているわけではないこと、夜驚症患者が悪夢を見ているわけではないことが明らかになりました。なぜなら、夢遊病や夜驚症の症状を呈しているとき、患者の脳はノンレム睡眠に近い状態にあることが分かったのです。

脳が葛藤している?

本来であれば、ノンレム睡眠時には脳機能が低下し、それに伴って身体機能も低下しているはずです。しかしなぜか、夢遊病の患者も、夜驚症の患者も、激しく動き回ります。原因についてはいまだに研究途上にあり、完全な解明はされていませんが、睡眠学者の多くは、脳の葛藤にその原因を求めています。

睡眠時、脳波はごく短時間のレム睡眠を経てノンレム睡眠に入り、そこからふたたびレム睡眠に戻ります。実は、このノンレム睡眠からレム睡眠への移行の隙間にほんの数秒、本人も気づかないほどの短い覚醒が挟まっています。

通常であれば、すぐに再び眠りに落ち、脳波はレム睡眠に向かいます。しかし夢遊病や夜驚症の人の場合、なんらかの原因で脳がこの過程をスムーズに辿ることが出来ず、起きてもいなければ眠ってもいない、宙吊りのような不思議な睡眠状態に陥ってしまい、症状につながってしまうと考えられています。睡眠時随伴症が睡眠の前半に多く見られることも、深いノンレム睡眠からレム睡眠への移行が睡眠の前半に多いことで説明できます。

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金縛りの正体

夢遊病や夜驚症などの睡眠時随伴症は、ノンレム睡眠に近いものの、レム睡眠でもノンレム睡眠でもない、宙吊りの睡眠状態で症状を現すことが明らかになってきました。しかし、正真正銘のレム睡眠の最中に起こる睡眠障害もあります。睡眠麻痺がそれで、金縛りとして知られている現象です。

過労や寝不足で身体がひどく疲れていたり、強いストレスを抱えていると、混乱した脳幹がレム睡眠の最中に意識だけを覚醒させてしまうことがあります。当然、身体は弛緩した状態にあり、舌が落ち込んで喉がつかえているため、胸の上に何かが乗っているような息苦しさを感じます。また、覚醒したとはいっても意識は朦朧としていることがほとんどのため、夢と覚醒の区別がつかないような奇妙な状態に陥ります。夢のなかのイメージを引きずったままで、身体の自由が利かないという不快な状態になるため、自然と霊的なものと関連づけて考えがちです。

レム睡眠行動障害

レム睡眠中に起こる睡眠障害でありながら、睡眠麻痺とは対照的なのが、レム睡眠行動障害と呼ばれる障害です。この障害では、夢のなかで体験している行動がそのまま身体の行動として現れてしまいます。発症率は100人に1人程度と比較的多く、ほとんどが50歳以上の男性です。また、この障害を発症した高齢者のうち、3分の1の人が、3年以内にパーキンソン病を発症しているというデータもあります。

忘れてはいけない危険性

夢遊病やレム睡眠行動障害の症状が現れている患者には、呼びかけは通じないものと考えておくべきです。不用意に呼びかけてしまったために、攻撃性を刺激してしまうこともあります。アメリカでは、夢遊病の患者が、彼を揺り起こそうとしたり声をかけ続けた相手を、近くにあった拳銃やナイフで殺してしまったという事件も何件か起きています。日本の場合、拳銃が一般家庭にあることはないでしょうが、ちょっとした刃物や固いものが凶器になる可能性はじゅうぶんに考えられます。

また、夢遊病の症状が現れると、痛みを感じにくくなるという研究結果もあります。実際、ドイツで夢遊病の少年が4階の部屋から落下し、腕の骨を折ったにもかかわらず目を覚まさなかったという例もあります。事故ではなく、自傷行為をひたすら繰り返すこともあります。夢遊病を発症している患者に接する際には、いきなり起こそうとしたり触れたりはせず、「大丈夫」「落ち着いて」などの言葉を、穏やかに語りかけてあげるのが良いとされています。

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対処法あれこれ

夢遊病や夜驚症が現れる決定的な原因は、まだ解明されていません。しかし疲労がひどく溜まっていたり、寝苦しい環境で眠っていると、症状が現れる頻度が上がることが明らかになっています。睡眠環境を改善することで、多少なりとも症状を抑えることは可能であると考えられています。また、強い不安やうつ状態も夢遊病につながることが確かめられています。自力で対処できない強い不安や落ち込みを感じたら、早めに専門医に相談するようにしましょう。

金縛り(=睡眠麻痺)を解く方法は簡単です。手か足の指を動かすか、まばたきをするように努力をすると、脳が麻痺状態を解いて、霊を追い払ってくれます。

レム睡眠行動障害は薬で治療が可能です。睡眠時随伴症の患者と同じように、寝室に危険なものを置かないように気をつけて、床にはマットなど柔らかいものを敷くと良いとされています。

Lesson 7-2 まとめ

  • 夢遊病には遺伝的な要因が強く関わっている。
  • 睡眠時随伴症の原因…なんらかの原因で脳がノンレム睡眠からレム睡眠に移行する過程をスムーズに辿ることが出来ず、宙吊りのような睡眠状態に陥ってしまい、症状につながる。
  • 睡眠麻痺…脳幹がレム睡眠中に意識だけを覚醒させてしまい、身体は弛緩しているため苦しさを感じる。
  • レム睡眠行動障害…レム睡眠中に発症し、夢のなかで体験している行動がそのまま身体の行動として現れる。
  • 夢遊病の症状が現れると痛みを感じにくくなるため、危険な行為を繰り返すことがある。
  • 夢遊病患者に接する際は、「大丈夫」「落ち着いて」などの言葉を穏やかに語りかける。