Lesson 7-3 睡眠時無呼吸症候群

きっかけは居眠り運転

2003年、山陽新幹線が岡山駅で緊急停止をする事故がありました。その後の調査で、運転士が居眠り運転をしていたこと、それが睡眠時無呼吸症候群によるものだったことが明らかになります。この事故がきっかけになって、この睡眠障害を代表する病気は急速に世間に知られるようになったため、ご存知の方も多いと思います。

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いびき

レム睡眠に入ると、人の身体の筋肉は弛緩し、全身から力が抜けた状態になります。睡眠麻痺の項でも見たように、このときに舌が落ち込んで、気道が狭くなってしまうことがあります。これは誰にでも見られる現象ですが気道があまりに狭くなると、呼吸した空気が流れにくくなって、滞りがちになるために、気道の壁面を震わせます。この振動が大きくなって音を立てるまでになったものが、一般に「いびき」と呼ばれる現象です。

軽度のものであれば、いびきが健康へ与える影響はほとんどありません。しかし、気道があまりにも狭くなると、塞がったのとほとんど変わらないような状態になります。こうなると、呼吸をすること自体が困難になります。血液中の酸素濃度も急激に低下し、無呼吸状態(アプネア)を引き起こします。極端な事例では、吸い込んだ酸素が体内に送り込まれるまでに1分を要したり、血液中の酸素濃度がエベレストの山頂にいる状態と同じになっていたという報告もあります。

寝ているうちにデスゾーンへ

エベレストの山頂付近など、8000メートルを越える地帯はデスゾーンと呼ばれ、そもそも人間が生存できる酸素濃度ではありません。(酸素ボンベを使用しない、いわゆる「無酸素登頂」が話題になるのはその困難さのためです。)

寝ていただけにも関わらず、いつの間にかデスゾーンの近くまで来てしまった身体は、当然ですがパニック状態に陥り、もがき始めます。ほとんどの場合、もがくことによって気道が確保されて酸素が取り込まれるので、パニック状態は収まり、正常な睡眠に戻ります。しかし数分後には、また気道が塞がってしまい、同じような苦しみを繰り返すことになります。このような無呼吸状態が1分間に5回〜30回程度の頻度で一晩じゅう繰り返されるのが、睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome : SAS)です。

睡眠時無呼吸症候群の原因

睡眠時無呼吸症候群は、成人の40〜50人に1人程度の割合でみられる、決して珍しくない病気です。

原因としては、気道が塞がりやすくなっていることがまず挙げられます。運動不足や肥満によって、喉の回りの脂肪が増えると、それだけ気道も狭くなります。また、食生活の変化も原因として考えられています。柔らかいものを食べることが増えた現代人は、顎の骨も狭く変化してきています。そのために気道のスペースも狭まってきているという報告があります。

またこの病気は男性に多く、中年の男性になると発症の確率はさらに高くなります。女性の場合、女性ホルモンの一種である黄体ホルモンに、気道の筋力を高める作用があるため、男性と比べて発症率が低いと考えられています。しかし、閉経を経て、女性ホルモンの分泌が減っていくと、男性と同じように発症率が上がっていきます。

他の病気につながる可能性

軽度のいびきとは違い、睡眠時無呼吸症候群は、治療せずに放置しておくと深刻な事態につながりかねません。脳に酸素が供給されなくなること、それによって血圧が上昇すること、ストレスホルモンの分泌が高まることなどが原因となり、高血圧やガン、心臓発作、脳卒中、糖尿病、肥満などにつながるという研究結果も報告されています。

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健康への影響だけではなく、冒頭に挙げた事故のように、社会生活に与える影響も大きいのが、この病気の恐ろしさです。日中に眠気を感じたとしても、それが睡眠時無呼吸症候群によるものかどうかを確かめることは、意外と困難です。指摘してくれるパートナーがいれば別ですが、本人に自覚のないと、医師に診察を受けようという気持ちにもなりにくいでしょう。眠気を伴った状態も慢性化してしまうと、それが普通の状態だと感じるようになってしまいます。このような状態で、車の運転をすることはとても危険です。ある統計によれば、睡眠時無呼吸症候群の人が交通事故を起こす確率は、そうでない人に比べて6倍にもなるという結果が出ています。

普通のいびきとの違い

大きないびきをかくからといって、必ずしも睡眠時無呼吸症候群とはいえないということも、また確かです。この病気かどうかの見分け方を知っておくことは、パートナーの命を救うことにもつながります。

睡眠時無呼吸症候群が、ただのいびきと違うのは、いびきといびきの間に大きな沈黙や、あえぎが挟まること、いびきや呼吸が完全に止まったように見えることがあることです。また、日中も正常な人と比べると居眠りをする頻度が多かったり、絶えずイライラしていたり、ひどい頭痛を訴える場合もあります。このような場合は、睡眠時無呼吸症候群である可能性が大きいので、速やかに医師の診察を受けることが必要です。

しかし、睡眠時無呼吸症候群に顕著な特徴として、その診率が極端に低いということが挙げられます。アメリカで行われた調査では、全国民の25パーセントに病気の徴候が見られ、5パーセントが深刻な症状を呈していたにも関わらず、その大半は診察を受けたことがありませんでした。

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診察の結果、病気ではなかったことが分かっても、それは恥ずかしいことでもなんでもありません。繰り返しになりますが、睡眠時無呼吸症候群は、放っておくと重い病気や、多くの命を巻き込む事故につながりかねません。自分やパートナーに思い当たる症状が見られた場合は、早めに診察を受けるように心がけましょう。

Lesson 7-3 まとめ

  • いびき…レム睡眠時に落ち込んだ舌によって狭くなった気道が壁面を震わせ、その振動が音を立てるまでになったもの。
  • 睡眠時無呼吸症候群…気道が塞がるほど狭くなると、呼吸をすること自体が困難になりパニック状態に陥る。もがくことで気道が確保されてパニック状態は収まるが、数分後にはまた同じような状態になり、一晩のうちに何度も無呼吸状態を繰り返す。
  • この病気の場合、日中も居眠り、イライラ、ひどい頭痛を訴えることが多い。
  • 原因…運動不足や肥満、食生活の変化。
  • 成人では40〜50人に1人にみられる。特に中年男性に多い。
  • 危険性…高血圧やガン、心臓発作、脳卒中、糖尿病、肥満などにつながる。車の事故などにもつながる。
  • 普通のいびきと見分ける方法…いびきといびきの間に大きな沈黙や、あえぎが挟まる。いびきや呼吸が完全に止まったように見えることがある。
  • 睡眠時無呼吸症候群のおそれがある場合でも、受診率が極端に低い。