Lesson 1-4 体内時計と概日リズム

ヒトの睡眠と人の眠り

前回見たように、理想的な睡眠時間はおおよそ6時間から7時間程度と捉えることが、近年では主流と言えます。また、生物として見てみると、ヒトという種が必要とする睡眠時間はほぼ一定でありながら、人々が必要とする睡眠時間にはそれぞれ個人差があります。今回は睡眠時間について、マクロな視点からミクロな視点へ移動しつつ見ていくことにしましょう。

睡眠周期

睡眠に、レム睡眠とノンレム睡眠の2種類があることは、よく知られています。このふたつの睡眠についてはLesson 2で詳しく見ていきますので、ここでは簡単に触れるだけにします。

52f7ff558dfb41c92f61bb2ba4ba1d92_s

一晩の睡眠は、レム睡眠とノンレム睡眠が交互に現れることで成り立っています。ノンレム睡眠に入ってからレム睡眠が終わるまでの周期を睡眠単位と呼びます。ふたつの睡眠は、1時間半〜2時間程度の周期で交互に現れることが知られています。よく言われる「睡眠は90分周期でとると目覚めが良い」という説は、このことに由来しています。睡眠単位ひとつが約90分前後なので、その変わり目に起きることが出来れば、もっとも覚醒状態に近い状態で目覚めることになるからです。

このようにふたつの睡眠によって織りなされる一晩の睡眠サイクル全体を、睡眠周期といいます。実際には、一晩のうちに繰り返されるレム睡眠やノンレム睡眠の長さや頻度は、個人差やその日の体調によって変わってくるため、睡眠周期もその日その日で変化しています。

天文学者の大発見

睡眠周期と並んで、生物の睡眠時間に大きな関係があるのが、概日リズム(サーカディアン・リズム)です。

bc4c6c9f58747256767267bdecd2a123_s

概日リズムを発見したのは、18世紀フランスの天文学者、ジャン・ジャック・ドルドゥス・ド・メランでした。それまでの何世紀にも渡って、植物は太陽の光を浴びることによって葉を開いたり閉じたりすると考えられていましたが、ド・メランはその考えを根底から覆すことになります。

彼はミモザを用いた実験を行ないました。ミモザは、その葉を規則正しく開いたり閉じたりすることで知られています。実験はとても単純なもので、日光が入らない真っ暗な棚の中に置いたミモザを、ときどき覗いてみる、というものです。ミモザが日光に反応しているとすれば、暗闇に置かれたミモザはずっと葉を閉じているはずです。しかし、観察を続けると、ミモザは暗闇の中でも、昼には葉を開き、夜には葉を閉じていることが明らかになりました。

その後、現在に至るまで行なわれた数多くの実験によって、地球上で生きる動物、植物のほぼすべては体内時計を持っており、概日リズム(サーカディアン・リズム)を刻んでいることが明らかになりました。当然、ヒトも例外ではなく、体内時計で概日リズムを刻み、睡眠をとっています。

視交叉上核と松果腺

概日リズムの仕組みについて、少し詳しく見てみましょう。まずは下の、ヒトの脳の図を見てみて下さい。

1-4a

脳のもっとも内側、視床下部という部位に、視交叉上核(しこうさじょうかく)と呼ばれる小さな器官があります。(視床下部については、Lesson 4で詳しく勉強します。)視交叉上核は体内時計として働き、脳の持ち主が生まれてから死ぬまでの間、休むことなく時を刻み続けています。視交叉上核のぐ近くに、松果腺(しょうかせん)と呼ばれる小さな部位があります。

視交叉上核は、一日の内のある時間になると、松果腺に、睡眠を促すメラトニンというホルモンの分泌を促します。メラトニンの分泌によって、脳は眠気や疲労感を覚えて、覚醒から睡眠への移行します。毎日規則的に働くこのメカニズムが、概日リズムの正体です。メラトニンが放出されて強い眠気を覚える時刻に限らず、日中も、体内時計の働きによって、覚醒レベル(眠気の強弱)は緩やかに変化しています。

覚醒レベルの日内変動

1-4b

概日リズムは、覚醒レベルの日内変動と捉えることも出来ます。上のグラフは、ヒトの一日の覚醒レベルの変動をおおまかに表したものです。

明け方から早朝にかけての時間帯は、覚醒レベルはかなり低い状態にあります。朝起きてしばらくは眠気が取れない理由がお分かりになるでしょう。その後、起床から数時間で覚醒レベルは少しずつ上昇していき、午前11時頃までは活発に過ごすことが出来ます。そして、また覚醒レベルが少しずつ低下し始め、午後3時頃には日中でもっとも停滞する時間帯を迎えます。午後になると眠気が襲ってくるのは、お昼を食べてお腹が膨らんだことだけが理由ではないのです。軽い昼寝や休憩を取るには、この時間帯が最適であると言えます。

午後の停滞は長くは続きません。覚醒レベルはその後すぐに上昇し始め、午後8時頃にピークを示した後、メラトニンが放出される真夜中の時間帯まで緩やかに下降していきます。そして眠りに就くと、翌朝まで不活発な状態が続きます。このような覚醒レベルの日内変動が、体内では毎日繰り返されています。

体内時計で概日リズムを刻むというメカニズムはヒトに共通でありながら、そのリズムはひとりひとり少しずつ異なるのです。その理由は、体内時計と遺伝子の間に大きな関係があるからと考えられています。

Lesson 1-4 まとめ

  • 睡眠単位…ノンレム睡眠に入ってからレム睡眠が終わるまでの周期。約90分前後。
  • 睡眠周期…一晩の睡眠サイクル全体を指す。
  • 概日リズム(サーカディアン・リズム)…地球上の生物、植物のほぼすべてが持つ。体内時計によって刻まれる。覚醒レベルの日内変動とも言い換えられる。
  • 視交叉上核が松果腺に睡眠を促すメラトニンの分泌を促すことよって、脳は眠気や疲労感を覚える。
  • 体内時計で概日リズムを刻むというメカニズムはヒトに共通だが、そのリズムはひとりひとり少しずつ異なる。